ある転換

ある転換

クリスティーン・フリント・サトは、2年前から新しい表現方法を探究し始めた。それは、和紙に薄い墨を注ぎ重ねるという手法である。彼女にとって、創造的プロセスは完成作品と同じくらい重要であり、墨・水・和紙の相互作用への関わりを楽しんでいる。彼女は、果てしない表現の可能性に魅了されつつ、「素材の声を聞く」ようにすると同時に、それらを活用する方法を探し求めている。

熱心に新しい紙と墨に挑戦していたクリスティーンは、しばらく中国の紙を試していたが、最終的に楮100パーセントの吉野紙を使用することに決めた。彼女がこの紙を選んだのは、藁から作られた紙ほどには、墨が早く滲まないためである。また、彼女は、奈良の有名な墨の製造会社、墨運堂の墨液を使用している。 様々な特性を持つ墨によって、多様な色調や質感が表される。

クリスティーンは、 頭の中に具体的なイメージを描いて作業するのではなく、床に広げた和紙に墨を流す時に全体のデザインと動きに意識を置く。彼女は以前から空間に興味を持っており、この方法により、彼女が「予測不可能な空間」と呼ぶものと戯れることができるのだ。特定の効果を得るために、注がれた薄墨を操ることを覚え、時には墨の内や外に水や墨を吹き付ける。筆を使うのは、細い線を加えるための面相筆だけである。(それは画家が微妙な顔の特徴などを表現するのに使う筆である。)最初に墨を流した後、さらに豊かな質感を創り出すために細やかな線を筆で加えながら、数日から数週間かけて作品に取り組くんでいる。

一見したところ、ぼんやりとした薄墨流しは、琳派の画家たちが使用した「たらし込み技法」を連想させる。他の流派(南画、円山四条派)の日本画家たちもまた、薄墨塗りを使って劇的な効果を得ようと実験していた。たらし込みの起源を突き詰めていくと、中国絵画にたどり着く。クリスティーンの作品を見ていると、渦巻く雲や身をうねらせる龍、霧がかった山やあふれんばかりの花、すべてがありありと心に浮かぶ。彼女のどの作品にも、明らかにそれとわかるような形象は描かれていないのだが、和紙の上で変化した墨の形態は、アジアの絵画や書に関する長年の研究から彼女が吸収したイメージの抽出物であり、今までにない暗示に満ちたものとなっている。

彼女が受けた影響について尋ねると、特に現代画家の李華弌(リー・フアイ)の作品にインスピレーションを得た、とクリスティーンは言う。上海に生まれた李は、青年時代に伝統的な中国絵画の教育を受けたが、その後米国に渡り、そこで出会った抽象的表現主義を含む西洋画の手法を学んだ。彼の作品は明らかに中国の山水画様式の影響を受けているが、そのアプローチは西洋式である。すなわち、紙の上に墨を流し、それから木々などの細部を描き始めるのである。

クリスティーンは、伝統様式から抽象へと転換した過去との関連を認めている。李と同じく彼女も外国に暮らしており、それゆえ東洋と西洋の両方に触れてきている。どの伝統にも縛られることなく、個人的な視点に基づいて、彼女は伝統的な素材を新しい方法で自由に操る。主にその大胆なデザインや独創的な余白の使用、そして滲みのある、たらし込みのような墨の流し込みの特徴を持っている彼女の作品は、中国美術よりも日本美術につながりがあるように思う。また、墨と余白のバランス、明暗や乾湿のコントラストから、生き生きとした書道家の目をも感じる。それは、紙の上でリズミカルに筆を動かす時、文字が芸術的に美しくバランスが取れるよう、そして周りの余白と調和が取れるよう、直感的に筆の運びを調節する目である。新しい作品において、クリスティーンは墨の流れに寄り添いながら自らのデザイン感覚を発揮し、リズムと自然の運動感覚的な力を掛け軸に生み出している。

パトリシア・フィスター

国際日本文化研究センター、京都

2011年

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